公開日 2016/10/11 最終更新日 2016/10/11

上田城と真田丸大河ドラマ館

皆様、久しぶりの記事の更新となりますが、健やかにお過ごしでしょうか。今回は、10月3日に同業の上田バスさんの新社屋落成・創立30周年記念式典に参加するために上田に行った際に撮影した、上田城と真田丸大河ドラマ館の写真をお届けいたします。
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上田城は1583年に真田昌幸によって築城され、第一次・第二次の二度の上田合戦で徳川軍を撃退した難攻不落の城のイメージが強いですが、真田昌幸の城は関ヶ原の合戦の後に破却され、今日の城は仙石忠政の再建によるものです。上田の領主は真田氏の後、1622年から仙石氏が、1706年から明治まで藤井松平氏がつとめ、仙石氏は3代85年、藤井松平氏は7代166年の統治実績を誇りますが、上田というとやはり真田氏に帰着するようです。明治維新後、西櫓1基を残しそのほかの櫓・櫓門は取り払われました。城外に移築されていた2基の櫓は後に買い戻されて、1943年から6年かけて現在の南櫓・北櫓として再移築されました。
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上田 026上田 027唯一残された西櫓は、仙石忠政の復興工事が行われた1626年以来動くことなく、上田城を見守ってきました。
上田 034上田 035上田 037真田石の石垣は実際には仙石忠政の時代の石垣ですが、真田信之(信幸)が松代城移封にあたり父・真田昌幸の形見として持っていこうとしたところ、微動だにしなかったという言い伝えが残っています。
上田 023上田 022上田 019 上田 020眞田神社は、もともとは藤井松平氏の先祖を祀る神社で、松平(しょうへい)神社と称していましたが、1963年に初代の城主の名を取って眞田神社と改名し、真田氏、仙石氏、松平氏という歴代の上田城主を御祭神としています。
上田 024上田 029上田 030真田井戸は、城内唯一の大井戸で、この井戸には抜け穴があり、太郎山麓や藩主居館跡にも通じていたとの伝説もあります。
上田 033上田 032真田信繁(幸村)が身に着けたといわれる巨大な鹿角脇立朱塗兜が境内にあります。
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はーとべるでも多くの方に行っていただいた真田丸大河ドラマ館は、多くの観光客で大混雑でした。
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今回の上田城と真田丸大河ドラマ館の記事は、いかがだったでしょうか。次回は、北向観音など別所温泉のお寺について書いてみます。上田より中島の報告でした。

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