公開日 2017/01/29 最終更新日 2017/01/29

沖縄 首里城

皆様、本日も晴間の覗く朝となりましたが、健やかにお過ごしでしょうか。一時の強い寒気は過ぎ去ったようですね。沖縄シリーズの第2回目の本日は、那覇市首里にあります首里城について書いてみます。
首里城はかつては海外貿易の拠点であった那覇港を見下ろす丘陵地にあったグスク(御城)で、尚巴志が三山を統一し琉球王朝を立てると、王家の居城として用いられました。第二尚氏においても変わることなく使用され、首里は首府として栄えてきました。1879年の沖縄県設置以後は、正殿など首里城の建物は政府の所在地としての役割を喪失し、日本陸軍のの軍営として、その後は首里区(後の首里市)に払い下げられ学校などとして利用されてきました。太平洋戦争沖縄戦で1945年5月25日から3日間に渡りアメリカ軍艦ミシシッピなどから砲撃を受け焼失、戦後はは首里城跡に琉球大学が置かれ学校として土地利用されてきました。首里城の再建は戦後間もなくから多くの人々の悲願で、1958年に守礼門が再建されたのを皮切りに再建が進み、1992年に正殿を中心とする建築物群、そこへ至る門の数々と城郭が再建され首里城公園が開園しました。
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首里城は高台にあり那覇市内を見下ろすことができます。南国情緒豊な花や木に恵まれ、南国風の独特な庭園も内部にあります。
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王の居住する中心部は正殿と呼ばれ、別名「唐破風」と呼ばれました。中には一階と二階の両方に御差床(うさすか)という玉座が設けられ、二階の御差床の上には清国皇帝から贈られた扁額が飾られていました。沖縄戦で全て失われたが、康熙帝の贈った「中山世土」など三つの扁額が本人の筆跡や落款を再現した上で復元され飾られています。
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首里城には第二尚氏王朝時代の首里城の模型が展示しており、在りし日の姿をうかがうことができました。
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今回の首里城の記事は、いかがだったでしょうか。次回は、国際通りから入って直ぐにある第一牧志公設市場について書いてみます。沖縄より中島の報告でした。

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